原題:Spagna, Suite in 4 tempi
Ⅰ.Serenata Castigliana
Ⅱ-Ⅲ.Jota e Canzone
Ⅳ.Bolero
Salvatore Falbo Giangreco

邦題:4楽章の組曲「スペイン」
第1楽章 カスティリア風セレナーデ
第2-3楽章 ホタとカンツォーネ
第4楽章 ボレロ
サルヴァトーレ・ファルボ・ジャングレコ

S.ファルボ(1872–1927)は、シチリア島に生まれ、同地に没したイタリアの作曲家です。シチリア島の南東部に位置するアヴォラの裕福な地主の家庭に生まれ育ち、パレルモの音楽学校でピアノと作曲を専攻しました。1896年に卒業後、ニコシア市吹奏楽団の指揮者を経て、1900年からは故郷アヴォラの吹奏楽団指揮者およびオペラ監督に就任しました。そして、1927年に55歳という若さで没しました。

彼はマンドリン音楽にも深く関わっており、ミラノのマンドリン専門誌 “Il Plettro” 主催の国際マンドリンコンクールの作曲部門で入賞した組曲「田園写景」(Suite Campestre, 1910年第3回コンクール 金メダル)、序曲ニ短調(Ouverture in Re minore, 1912年第4回コンクール第1位)および組曲「スペイン」(Spagna, Suite in 4 tempi, 1921年第8回コンクール第1位)はマンドリンオリジナル曲の至宝となっています。

また、彼は同誌に「なぜマンドリンはオーケストラに組み入れられないのか?」(Perché il mandolino non entra nell’ orchestra?)、「マンドリンとその音楽」(Il mandolino e la suamusica)、「撥弦楽器のためのオリジナル作曲論」(La composizione originale per strumentia plettro)などの連載を寄稿しており、マンドリンの音楽的な地位の向上のためにはマンドリンという楽器の特性を活かした上で音楽的レベルの高いオリジナル曲が必要と論じています。彼とマンドリンの関わりの中でも重要な役割を果たしたのが友人だった指揮者ロザリオ・ベリッシモ(Rosario Bellissimo)の存在です。ベリッシモが指導・指揮を行っていた隣町のイスピカのマンドリン楽団(Circolo Mandolinistico “Ispica”)は、1910年のイル・プレットロ誌主催の国際マンドリンコンクールの合奏部門で第2位の成績を収めています。その時の自由曲はファルボの組曲「田園写景」だったとのことです。当時のコンクールでは、歌劇の序曲などを編曲して演奏するのが一般的でしたが、彼らはファルボが書き下ろしたマンドリンのためのオリジナル組曲を演奏したのです。これは当時のマンドリン界において非常に進歩的で挑戦的な選択でした。また、マンドリン音楽の最先端はミラノやボローニャといった北部にあると信じられていたなかで、シチリアの端にある小さな町からやってきた楽団が、北部の楽団に劣らぬ(あるいは表現力で凌駕する)演奏を披露したことは、「シチリアの奇跡」のように報じられました。

アヴォラ、イスピカ、フロリディアといった近隣の町々には、ファルボの影響を受けたマンドリン奏者が多数存在し、相互に交流していたと思われます。ファルボの新作がいち早く試奏され、彼の新しい試みの「実験場」のようになっていたのかもしれません。イスピカの楽団はマンドラやマンドロンチェロ、さらにはリュート・モデルノ(マンドセロの5弦モデル)などが充実した、非常に重厚な編成を組んでいたようで、彼のマンドロンチェロを駆使した作風に影響を及ぼしたことは間違いないと思われます。

本曲、組曲「スペイン」は前記の通り、1921年のイル・プレットロ誌の第8回マンドリン国際コンクールの作曲部門で第1位を獲得しています。マンドリン×2、マンドラ、ギターの四部編成にマンドロンチェロ、マンドローネ、ハープを加えた大編成のものになっています。マンドロンチェロを効果的に使った独特なオーケストレーションはイスピカの楽団の編成や響きをイメージしたものなのかもしれません。きっとマンドロンチェロの名手が居たのでしょうね。

ピッキングとトレモロの効果的な使い分け、不協和音を巧みに使用した複雑な和声、それまでのマンドリンオリジナル曲とは一線を画する楽器の使用方法など、単なる異国情緒を表した音楽に終わっていないのは、彼が目指したマンドリン合奏曲のあるべき姿を具現化したものと言えます。

第1楽章 カスティリア風セレナーデ
カスティリア地方はスペイン中部の高原地帯で首都マドリードを含むことから洗練されたイメージです。情緒豊かでありながらリズミカルなところをあわせ持っているこの楽章は、続く舞曲とはひと味違ったスペインのイメージを表した夜の音楽です。

第2—3楽章 ホタとカンツォーネ
第2、第3楽章は続けて演奏され、題名の通り 第2楽章がホタ、第3楽章がカンツォーネとなっています。
ホタ(jota)は、スペイン北部のアラゴン地方を起源とする、スペインを代表する民族舞踊です。カスタネットを鳴らしながら、男女が激しく飛び跳ねるように踊るもので、その生命感あふれるリズムは、リストやグリンカといった多くの作曲家たちを魅了してきました。
音楽的には、速い3拍子または8分の6拍子を基調とし、「タン・タカタ・タン・タカタ・タン・タン」という6つの鼓動をひとつの周期としています。「タン」の部分はゴルペ(Golpe=打つ)と呼ばれ、リズムを強く打ち込み、「タカタ」の部分はレピケ(Repique=連打)と呼ばれ、かき鳴らすようにして次の音へと繋げます。8分の6拍子を2つでとると、前半は1拍目と3拍目がゴルペで、後半は5拍目と6拍目がゴルペになっており、全体として3拍子のリズム感を併せ持ったヘミオラになっていることがわかります。
この楽章は、ホタのリズム感を十二分に活かしたリズミカルで躍動感に溢れるものになっています。
続く第3楽章はカンツォーネで、歌の楽章となりますが、ギターが一貫してハバネラのリズムを刻んでいて、スペイン風の情緒を醸し出しています。

第4楽章 ボレロ
ボレロ(bolero)は、18世紀後半にスペインで生まれた3拍子の舞曲です。「威厳」と「華やかさ」を併せ持つ、格調高い宮廷舞踊としての側面を持っています。
ラヴェルのボレロがあまりにも有名ですが、同曲で一貫して刻まれる「タン・タカタ・タン・タカタ・タン・タン」というリズムがスペインの伝統的なボレロでも基本リズムとなっています。第2楽章のホタでも同じカタカナのリズムを書きましたが、ボレロはゆったりとした3拍子であり、2拍子のヘミオラの要素も持っているというホタとは逆のリズム感を持っています。
この楽章は、付点8分-16分-8分のモチーフが随所にちりばめられており、第3楽章のハバネラの記憶を呼び起こさせます。ホタとボレロのリズムの類似性も巧みに使い、組曲を有機的につながった一つの物語として完結させています。

(筆者 田口俊太郎)