原題:Notte di Natale, Piccola suite, op.484
Ⅰ.Pifferata
Ⅱ.Al Presepio, Notturno
Ⅲ.Alleluia
Amedeo Amadei

邦題:小組曲「降誕祭の夜」
第1楽章 ピッフェラータ
第2楽章 プレゼーピオにて—夜想曲—
第3楽章 ハレルヤ
アメデオ・アマデイ

アメデオ・アマデイ(Amedeo Amadei, 1866–1935)は、19〜20世紀初頭のイタリアにおいてマンドリン音楽の発展に大きな足跡を残した作曲家です。彼はイタリア中部の聖地ロレートに生まれ、三代にわたる音楽一家の中で育ちました。祖父ピエトロ・アマデイと父ロベルト・アマデイはいずれもロレート大聖堂の楽長・作曲家・オルガニストとして地域の宗教音楽を支え、祖母テレーザは声楽家、姉チェチーリアは優れたピアニストでした。こうした豊かな音楽環境は、幼いアメデオに自然と音楽的素養を育ませ、彼は5歳で作曲を始め、7歳で《Piccola Marcia》を出版するという早熟ぶりを示しました。宗教音楽に根ざした清澄な和声感、歌心のある旋律、そして音楽を“祈り”として捉える感性は、この家系の伝統から受け継いだものなのでしょう。

青年期のアメデオ・アマデイはボローニャの王立アカデミア・フィラルモニカで作曲とピアノのディプロマを取得し、オルガニスト、合唱指導者、指揮者、ピアニストとして幅広く活動しました。彼の音楽家としての基盤は極めて総合的であり、宗教音楽、声楽、器楽、管弦楽、吹奏楽など多岐にわたる経験が、後年のマンドリン合奏曲における豊かな響きと構築力につながっていると思われます。1890年代後半からはマンドリン合奏の作曲に本格的に取り組み、トリノで没するまでに100曲近い作品を残しました。アメデオ・アマデイは、イタリアの市民音楽文化の中でマンドリン合奏の芸術性を高めた最重要人物となっています。特に1908年にミラノのマンドリン専門誌 “Il Plettro” 主催の第2回国際マンドリンコンクールの作曲部門で大金メダルを獲得した《海の組曲》は、マンドリンオリジナル曲の傑作として本曲とともに世界中のマンドリンオーケストラで演奏されています。また、中野二郎先生によって管弦楽から編曲された組曲シリーズは、イタリアマンドリンオリジナル曲の延長でありつつ、より音楽的要素が充実したものとなっており、当団においても重要なレパートリーとなっています。

本曲、《Piccola Suite “Notte di Natale”》(小組曲《降誕祭の夜》, Op.484)は、アメデオ・アマデイが亡くなった1935年に出版された遺作となっています。彼のマンドリン作品の集大成とも言えます。
三つの楽章からなるこの組曲は、イタリアのクリスマス文化に深く根ざした情景を描き出しています。

第1楽章 ピッフェラータ
クリスマスの時期になると羊飼いたちが街へ降りてきて、ピッフェロやザンポーニャと呼ばれる二枚リードの笛を吹いて練り歩く光景が見られます。その音楽のことをピッフェラータと呼びます。この楽章はそうした笛の調べが遠くから近づいてくる様のようです。
本日第1部で演奏するミラネージの《降誕祭の幻影》やマネンテの《降誕祭の夜》も似たような節まわしがあり、同じくピッフェラータの音楽を模していると思われます。

第2楽章 プレゼーピオ
プレゼーピオとは、キリストの降誕場面を模したジオラマのことで、クリスマスの時期に教会などに飾られます。
飼い葉桶に眠る幼子イエスを聖母マリアが慈しみの眼差しで見つめる様子を前にし、人々はただただ深い平穏と、命の尊さに対する無償の愛を感じるのです。

第3楽章 ハレルヤ
この楽章は、冒頭に “come uno scampanio” と付されており、鐘の連打の模倣から始まります。クリスマスイブの夜、降誕祭のミサの始まりを告げるものとして特別な鐘の連打が鳴り響き、人々は教会へと集まってきます。
ベルが鳴らされ、深夜の降誕のミサが始まります。ハレルヤが斉唱され、プレゼーピオの空だった飼い葉桶に聖なる御子の像を安置させる儀式が執り行われます。暗闇に「光」が宿る瞬間、歓喜に満ちたハレルヤの合唱が聖堂内に響きわたります。
再び鐘が打ち鳴らされ、街の祝祭は最高潮となり、曲はフィナーレを迎えます。

①ピッフェラータ


マントと帽子の伝統的なスタイルで笛を吹きながら練り歩きます。


演奏する曲はパストラーレが多く、似た雰囲気です。

②プレゼーピオ


ロレート大聖堂のプレゼーピオ
アメデオ・アマデイの祖父と父親が楽長を務めたロレート大聖堂には比較的大きなプレゼーピオが飾られます。


トリノのサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会(Chiesa della Santissima Annunziata)にある機械式プレゼーピオ(Presepio Meccanico)
このプレゼーピオは、1927年にフランチェスコ・カノニカ(Francesco Canonica)とその家族によって、約2年の歳月をかけて完成されました。アメデオ・アマデイが最後に暮らしたトリノの町で この《降誕祭の夜》を作曲した当時にはすでに毎年公開されています。彼もこのプレゼーピオを見たことがあるはずです。光の演出こそ電球からLEDに変更されていますが、人形や動かすエンジンなど当時のままで残っています。

③スカンパニオ


ロレート大聖堂のスカンパニオ
アメデオ・アマデイが生まれ育ったロレートの街には大聖堂のこの鐘の音が鳴り響いていました。

④クリスマスのミサ


ロレート大聖堂のクリスマスのミサ
アメデオ・アマデイの祖父と父親が楽長を務めたロレート大聖堂のクリスマスのミサでは、ミサの終わりに聖堂に置かれたキリストの幼像を広場のプレゼーピオへと運び、安置する儀式が行われます。(49:50頃から)


バリアーノ教区教会(chiesa Parrocchiale di Bariano)のクリスマスのミサ
アメデオ・アマデイはこの教会でオルガニスト兼楽長を務めました。キリストの幼像を飼い葉桶に安置する儀式は、冒頭8:00頃から始まります。


バチカンのサン・ピエトロ大聖堂のクリスマスのミサより
教皇がキリストの幼像を安置するシーンを切り取った動画です。幼子イエスの像をプレゼーピオの飼い葉桶に安置して光が差す様は本曲のイメージに重なります。

(筆者 田口俊太郎)