原題:Sulla Piana della Melia, Ouverture per Estudiantina
Giuseppe Manente
邦題:メリアの平原にて-アマチュアマンドリン楽団のための序曲
ジュゼッペ・マネンテ
礼奏で演奏させていただきましたのは、ジュゼッペ・マネンテの《メリアの平原にて》です。今回のプログラムは「マンドリンオリジナルのオールスター」と題してマンドリン合奏が隆盛した時代を支えた作曲者たちの代表的作品を取り揃えさせていただきました。マンドリン愛好者の方は、プログラムにマネンテの作品が含まれていないのはおかしいとお気づきだったかもしれません。
本曲は1909年に開催されたミラノの Il Plettro 誌主催の第二回国際マンドリンコンクールの作曲部門で第二位と1等名誉賞状を得ています。以来、マンドリンオリジナル曲の定番として最もよく演奏される曲のひとつとなりました。
武井守成(1890–1949)らにより大正12年(1923年)に開催された「第一回 全国マンドリン合奏団競演会」で優勝した同志社大学マンドリンクラブが演奏したのもこの「メリアの平原にて」でしたし、武井守成が刊行していた「マンドリンギター研究」の昭和9年4月号に『序楽「メリアの平原に立ちて」の演奏上の解釈』という記事を執筆しているなど、日本でも古くからマンドリン合奏の定番となっていたことがうかがわれます。
本曲はマネンテ自身により大編成の吹奏楽版に編曲されており、中野二郎先生により再編曲(ご本人は整曲と記載)され、「イタリアマンドリン百曲選」の第3巻に収載されています。この巻に添付された解説は、マネンテの生涯、オリジナル版と吹奏楽版の比較、さらに前記の武井守成の記事を全文引用した上で演奏上の解釈について言及するなど、情報満載のとても興味深い内容になっています。
その全文を引用して掲載させていただきますので、一読いただきたいです。
興味深いのはテンポの設定です。マンドリンギター研究には二分音符で144程度(自身は160ぐらいで振ることもある)と記載されています。オリジナル版の楽譜には “Allegro con brio”(快活に速く)とだけ記載されており、この楽譜を前にしたときの正しい感覚とも言えます。
しかし、吹奏楽版には116とメトロノーム記号でテンポが記載されており、中野先生による再編曲版の登場により、116前後のテンポで演奏されることが多くなりました。
当団でも過去に三度ほど定期演奏会で取り上げていますが、いずれも再編曲版を採用しています。今回はオールオリジナルのプログラムの礼奏として演奏するため、オリジナル版を採用しました。そして、テンポもオリジナルの楽譜しかなかった時代に近い、少し速いテンポで演奏してみました。また、オリジナル版のギターパート譜には冒頭のDの音などに “trem.” とトレモロの指示が付記されていますので、それに従った演奏を行っています。
「メリアの平原」はどこか?という論争があり、中野先生の解説にも、菅原明朗の「樹木の一種」、「フランスの軍隊用語で『最後に来るもの』という意味の慣用句」の説を紹介し、自身の説として「紀元前 700年頃Micale(小アジア)の近郊にあったイオニアの古い町の名」を挙げています。その後、イタリア半島のつま先にあたるカラブリア州レッジョ・カラブリア県、アスプロモンテ山系の麓にメリア(Melia)という地名が発見され、マネンテが軍楽隊長として駐屯していた場所に近いことから、軍事演習を行っていた場所ではないか?として、最有力の説となっています。
この度、Googleマップでモリーゼ州のリッチャに “contrada piana della melia” という地名を見つけることができました。マネンテは2歳からモリーゼ州のグリオネジに移り、青年期まで過ごしています。また、イタリア中部の高地平原地帯では、当時、度々大規模な軍事演習が行われており、マネンテも訪れていた可能性があります。演習の激しさ、軍楽隊としての音楽演奏、故郷の郷愁を織り込んだ楽曲と解釈もできるかもしれません。
(筆者 田口俊太郎)
contrada piana della melia, 224, 86016 Riccia CB, イタリア
メリアの平原地区(contrada piana della melia)にポツンとあるチーズ屋さん