原題:Inno Mandolinistico “FLORA”
Arrigo Cappelletti
邦題:マンドリン讃歌「フローラ」
アッリーゴ・カッペㇽレッティ
アッリーゴ・カッペㇽレッティ(1877–1946)による本曲、マンドリン讃歌「フローラ」(InnoMandolinistico “FLORA”)は、マンドリン・オーケストラのための作品として、今日でも広く愛奏される名曲である。
題名の「讃歌」(Inno)とは、集団のアイデンティティや理念を象徴し、讃えるための音楽を指す。本作は、1906年(作者29歳)にイタリアの音楽誌「イル・プレットロ」(Il Plettro)が主催した第1回作曲コンクールの「マンドリン讃歌部門」に応募され、見事銀賞を受賞した作品で、翌1907年に出版された。「フローラ」という副題は、カッペㇽレッティ自身が指揮者を務め、後にボッタッキアリやゼッピも指揮したコモ市の名門「フローラ・マンドリン合奏団」の名を冠したものであろう。
イル・プレットロ誌を創設したアレッサンドロ・ヴィッザーリは、軽音楽的なセレナータや舞曲などがレパートリーの中心だった当時のマンドリン音楽をより芸術的な高みに引き上げようと尽力した中心的な人物である。同誌が主催した記念すべき第1回の作曲コンクールにマンドリン音楽への「讃歌」(Inno)の部門が設けられたこともそれをよく表している。
カッペㇽレッティはヴィッザーリのよき理解者・協力者として、本曲のほかにも「劇的序楽」「詩的間奏曲」「神秘」などの名作をイル・プレットロから出版し、マンドリン音楽の発展に貢献した。なお、作曲コンクールが開催された1906年に本曲とほぼ同じ内容のピアノ曲(行進曲「讃歌」)が作曲されている。
◼ 楽曲の構成
本曲は4/4拍子で書かれており、全体を通して行進曲風の性格を持つ。しかし、テンポの速い2拍子の行進曲(モーツァルトの『トルコ行進曲』など)とは異なり、ゆったりとして荘厳、かつ勇壮で堂々とした「4拍子の大マーチ」の風格を備えている。
形式としては、[序奏-A-B-A’]-C-[序奏-A]-CODAで構成され、いわゆる小ロンド形式の特徴を持った複合三部形式である。
加えて、楽曲全体において序奏のリズム動機(複付点四分音符と十六分音符のリズム)が随所に登場し、単なる導入にとどまらず、楽曲全体を貫く芯として統一感をもたらしている。調性面では、快活な主部のト長調に対し、中間部(C部分)は定番の下属調(ハ長調)となり、落ち着いたTRIOの性格が与えられている。さらに、多声音楽的な「ポリフォニー」と和声音楽的な「ホモフォニー」の書法を交互にサンドイッチ状に配置し、見事な対比によって「調和」を生み出している。
蛇足ながら、かくいう筆者は、建築家・坂茂氏が “ 調和とは似たようなものを並べることではなく、コントラストを創り出すことである ” と語るのを聞いてハッと気づき、以後、「調和」という言葉への認識を改めたことを告白しておく。
【序奏(Introduction)】
本作は力強くロックな雰囲気すら漂うファンファーレで幕を開ける。ここでは、ト長調でありながら導音のファ♯がナチュラルになったり、音階の長短を決定づける第3音(シ)が避けられたりと、長調か短調かが曖昧な独特の開始を見せる。
後半は、ト長調に対する活発領域であるロ短調(属調の平行調)へ転調し、シンコペーションと非和声音のアクセントが合致して拍子のズレ、圧縮、変化を生み出し、劇的な高揚感を経て主部主題を導く。
【主部主題(A部分)】
主部主題は、8小節からなる3つの楽節(安定・不安定・安定)で構成される。
最初の「安定」した第1楽節では、前半がトニックとドミナントを行き来する「かっちり」とした響きであるのに対し、後半はサブドミナントが登場し、メロディとベースの音程関係も3度中心となることで叙情的で「ふんわり」とした響きへと変化し、ダブル・ドミナントから華やかに半終止する。
続く「不安定」な第2楽節では、ト短調へと転調し、強烈な不安定感を持つディミニッシュ・セブンス・コードや、「フランスの六の和音」と呼ばれる陰鬱な響きを持つダブル・ドミナント(増六和音)が駆使され、暗く不安な感情が描き出される。
最後の「安定」した第3楽節では、ト短調のまま序奏動機(の展開)が決然と提示された後、ついにト長調へと回帰して堂々たる完全終止へと至る。
【主部エピソード(B部分)】
主部主題の提示と再現の間に挟まれたこのエピソード部分は、本曲の中で最もポリフォニック(多声的)な書法が際立つ箇所である。機能和声的なドミナントからトニックへの進行ではなく、旋律の絡み合いと響きの移ろいによって音楽が展開する。 ハ長調的なコード進行にファ♯が混じり、ト長調的なコード進行にド♯が混じり「リディアン・モード(旋法)」のような響きが生み出され、現実離れした浮遊感や、長調からさらに突き抜けたような爽快感がもたらされる。また、低音と旋律が6度の関係を保ちながら平行移動する「フォーブルドン」と呼ばれるルネサンス期の典礼音楽を思わせる古風で荘厳な和声進行も用いられており、神秘的な美しさを放っている。
【主部主題の再現(A’部分)】
エピソードを経て、再び主部主題が回帰する。コード進行は提示部とほぼ同じであるが、低音部が大きく変化しているのが特徴である。ジャズのウォーキング・ベースのように、低音部が自由対位法的に動き回り、経過音や掛留音などの非和声音をたっぷりと含みながら、なめらかに旋律の下をうろつき回る。これにより、提示部よりもポリフォニーの風味が強まり、音楽に新たな彩りと推進力が加えられている。
【TRIO(C部分)】
下属調(ハ長調)によるTRIOは、本作品の魂ともいえる美しく雄大なマーチである。全体を通じて行進曲風の本曲であるが、譜面にはあえてここから「Marziale(行進曲調に)」と記されている。イタリア語のMarcia(行進曲)は軍神マルスを語源とする言葉で、軍隊風の勇壮さを含意する。したがって、この曲想指示は、エルガーの名曲「威風堂々」と同様に、器楽的でリズミックな主部に対して、TRIOを感動的なメロディによる堂々たる行進曲として演奏すべきことを意図していると解される。
特筆すべきは、このTRIO主題の旋律と和声が、ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」第二楽章の有名な主題を強く想起させる点である。ただし、あからさまな引用ではなく、「悲愴」の主題よりも躍動感の高い旋律と力強い伴奏により、多くの聴衆にとっては、“どこかで聴いたことがあるような気持ち”を感じる程度であろう。いずれにせよ、かの交響曲「運命」(第一楽章)をマンドリン合奏に編曲するほどベートーヴェンを敬愛していたカッペㇽレッティが、偶然に、あるいは無意識に、これほどよく似た構造を持つ主題を作ってしまうことは、まず考えられない。すなわち、作者は、マンドリン音楽への「讃歌」(Inno)として書かれた本作の”メインテーマ”たるこのTRIO主題に、自らの楽聖へのオマージュを(さりげなくではあるが)意図的に込めたのであろう。そして、筆者はここに、青年カッペㇽレッティの真摯な誓い—マンドリン音楽を真の芸術へと昇華させる決意—を見る思いがするのである。
実は、この「思い」を確信へと変える作品が存在する。それは、石村隆行先生の校訂・補筆により2017年に本邦初演された大作「マンドリンオーケストラのための組曲」である。「フローラ」と比べてはるかに高度な作曲技法が駆使されており、作者と関係が深かったイル・プレットロ誌にその情報が見えないことからも、作者の壮年期ないし晩年期の作品ではないかと推測される。
そして、この20分を超える長大な作品のクライマックスにおいて、カッペㇽレッティは、突如としてこのマンドリン讃歌「フローラ」のTRIO主題を登場させるのである。その輝かしい響きは、マンドリン音楽の芸術的発展に至誠を捧げた作者自身の人生を祝福するかのようであり、筆者の胸を熱く震わせずにはおかないのである。
【コーダ(Coda)】
TRIOを経て再び序奏と主部主題(A)を再現した後、楽曲を締めくくる短いコーダが置かれる。柔らかく落ち着いた下属和音の響きから始まり、主部エピソード(B部分)のモチーフと詠唱的な進行を経て「アーメン終止(変終止)」で祈るように閉じられる。最後の主和音の最高音は、ト長調の主音「ソ」ではなく第3音「シ」で終わり、メジャー3度の明るさと柔らかさを強く印象づけて叙情性に満ちた余韻を残す。
若きカッペルレッティの瑞々しい感性が横溢する本作は、マンドリン音楽の輝かしい未来を祝福するかのような、温かな光に包まれながら幕を下ろすのである。
(筆者 清末信行)